NIRS次世代PET装置開発

<3> 画像再構成の視点から

放射線医学総合研究所 医学物理部 山谷泰賀 (Taiga Yamaya)


1. はじめに

医用画像診断装置は、被験体の物理量(X線CTであればX線の透過率分布、SPECTやPETであれば核種の体内分布)を入力とし観測データを出力とする一種のシステムであると言える。ここで、被験体の物理量をf、観測データをg、システムをH{ }とすると、スキャンはg=H{f}で表される(図1)。装置の性能を決定する要因は、大雑把に分類すると、
 @検出器系
 Aデータ収集系
 B画像再構成
の3つであり、@とAはfからgを得る順変換、Bは得られたgからfを推定する逆変換に相当する(図1)。ここでBは、FBP法やOS-EM法などいわゆる画像再構成手法を指す狭義の画像再構成ではなく、様々なデータ補正を含め、gからfを推定する逆問題としての広義の画像再構成を指す。

図1(左) 医用画像診断装置システム              
図2(右) 物体空間と観測空間の関係および装置性能向上のポイント

図2は、fが存在する物体空間とgが存在する観測空間の関係を模式的に示したものである。ここで、検出器の空間分解能が有限であることなどから、一般に物体のすべての情報を観測することはできないことが大事なポイントである(観測可能な部分をmeasurement space、観測不可能な部分をnull spaceと呼ぶことがある)。よって、必要な情報の一部しか得られないため、物体を一意に決定することはできず、画質が不十分という結果になる。装置性能の制限の本質はここにあると言える。ところで、装置開発は,ハードウェア開発およびソフトウェア開発によく分類される。ハードウェアは(実はソフトウェアの役割も大きいが)@+Aを指し、ソフトウェアはBを指すことが多いが、画像再構成の本質は、得られた情報をどのように有効に利用するか(null spaceにおけるノイズ成分の増強を抑え、measurement spaceの情報をどれだけたくさん使うか)であり、得られた情報量を超越した画質の向上など、ソフトウェアヘの過度の期待は禁物である。

さて、医用画像診断装置開発の根本的な目的は、被験体の物理量の空間分布をより正確に把握することである。ここでのポイントは、@、A、Bなど個々の要素を独立に高めるのではなく、ボトルネックを明確にし、システム全体として性能を高めることである。装置性能向上の方針は、以下の2点に集約されると考える。
 1. 得られた情報の有効活用
 2. 得られる情報の拡張
1は、B画像再構成の工夫によって、measurement space内の情報を可能な限り全て利用することを指す。具体的には、画像再構成手法は順変換の逆変換として導出されることから、順変換H{ }を正確に数学的にモデル化することがポイントとなる。2は、新たな情報を付加することによって、null spaceを減らしmeasurement spaceを増やすことを指す。具体的には、以前注目されたtime-of-flight型PET装置(同時計数測定における時間差情報からγ線源の位置を限定するPET装置)のように、新たな情報を計測できるよう装置自体を改良する(すなわちH{ }自体を改良する)方向、あるいは、何らかの先験情報を付加する方向が考えられる。

本稿では、上記の考え方に基づく新しい装置開発プロジェクトである、放射線医学総合研究所を中心に進めている次世代PET装置開発[1]について紹介する。


2. 得られる情報の拡張: DOl計測

次世代PET装置(jPET-D4)は、生体分子イメージングの進歩に貢献することを主たる目的として、高感度・高空間解像度・高計数率特性を共に実現するものである。従来のPET装置では、検出素子の厚みによって、各検出素子対が物体空間に対してもつ感度分布関数は、視野領域の端に位置するほど、またリング差が大きくなるほど広がりをもつ。これに対して、次世代PET装置では、新たに開発した検出素子内における深さ方向の相互作用位置(depth-of-interaction: DOI)を4層まで弁別可能な3次元放射線位置検出器[2]を用いて、感度分布関数の広がりを抑制する(図3)。これによって、空間分解能と装置感度を共に向上させることが可能となり、DOI層数が多いほどその効果は大きい。先行研究として、米国CTI社による頭部用DOI-PET装置HRRTおよび米国NIHによる小動物用DOI-PET装置ATLASが挙げられるが、どちらも2層DOIに留まっており、jPET-D4は世界初の4層DOI-PET装置として一歩リードしている存在である。

図3(左) 従来のPET装置とDOI-PET装置の比較
図4(右) jPET-D4の構成

jPET-D4は、図4に示すように、2.9mm×2.9mm×7.5mmのGSO素子を16×16×4層に並べたディテクタブロックを24個×5リングに配置した構成となっている。本装置は、全身用ではなく頭部用の設計になっているが、小動物のスキャンにも利用できると考えられる。先に述べたとおり、装置開発は、@検出器系、Aデータ収集系、B画像再構成の全ての要素に関係するが、@とAについては、本シリーズの前号および前々号に詳細が記述されているので、そちらを参照していただきたい。


3. 得られた情報の有効活用

3DPETの画像再構成手法を大別すると、FORE[3]+2D再構成や3DRP法[4]など解析的画像再構成手法を用いる方法と、Generalized Analytic Reconstruction from Discrete Samples (GARDS)[5]やMaximum Likelihood Expectation Maximization(ML-EM)法[6]など代数的あるいは統計的な画像再構成手法を用いる方法の2通りに分けられる。具体的には、前者では、リストモードデータをヒストグラミングしてサイノグラムに変換し、感度・吸収・散乱補正した後、FORE+2D再構成あるいは3DRP法を適用する。一方、後者では、リストモードデータを一且ヒストグラムデータに変換してから画像再構成を行う方法と、リストモードデータから直接画像再構成を行う方法が考えられ、どちらも検出素子の幾何学的性質や感度・吸収などの物理特性はシステムマトリクスに含まれる(図5)。前者は、高速計算が可能であるが、観測系がシフトバリアントな特性を持つ場合再構成像にエラーが生じるのに対し、後者は、感度分布関数を正しく定義できるためPET画像の画質の向上が可能であるが計算コストは大きい。

図5 画像再構成の流れと手法の比較

画像再構成手法は順変換の逆変換として導出されることから,順変換H{ }を正確に数学的にモデル化することが重要である。よって、jPET-D4では、観測系を正確にモデル化し、統計的な画像再構成手法を適用することを試みる。今回は、検出素子の幾何的配置と検出素子内のγ線の貫通を考慮して感度分布関数を定義した[7]。今後は、物体吸収、物体散乱、検出素子内散乱、感度校正係数を加えていく方針である。


4. 計算機シミュレーション

jPET-D4に対するモンテカルロシミュレーション[8]を行った。ここでは、再構成は2次元とし、散乱および吸収は無視した。用いた数値ファントムは、感度補正用の直径25.6cm円筒ファントム、ノイズ評価用の直径10cm円筒ファントム、分解能評価用の点線源ファントムおよびデモンストレーション用のHoffman脳ファントムの4種類である。

本稿では、ML-EM法に対して、正確な観測モデルに基づく画像再構成の効果を示すために、FBP法との比較も行った。FBP法は、観測データが物体の線積分値で表されることを仮定した観測モデルから導出される手法である。また、DOI情報の効果を示すために、DOI情報を使わない場合(non-DOI)との比較も行った。non-DOIでは、4層DOI計測で得られる42個の同時計数ペアのデータを足し合わせた。そして、再構成像に対するノイズの影響を表す指標である一様領域の正規化標準偏差(normalized standard deviation: NSD)値と空間解像度(半値幅:FWHM)の平均値を用いて、再構成像の画質を評価した。空間解像度の平均値は、一様円筒中と中心および中心から40mm、80mm離れた位置に配置した3つの直径1mm球から構成される点物体ファントムを用いて、radial方向およびtangential方向の半値幅を平均化して求めた。またNSD値は、直径100mmの一様円筒ファントムの再構成像において、注目領域内におけるRIカウントの標準偏差値から計算した。

図6 計算機シミュレーションによるjPET-D4の画質評価

まず、ML-EMでは5反復ごとに、FBPではrampフィルタのカットオフ値を調整して、NSD値と空間解像度の関係を調べた(図6)。図6は、プロットが左下にあるほど、良好な画質(高分解能かつ低ノイズ)が得られることを示している。これより、ML-EMとFBPの比較から、正確な観測モデルを用いることによる画質向上の効果、およびDOIとnon-DOIの比較から、DOI情報を利用することによる画質向上の効果が確認できる。また、DOI情報を用いた場合のFBP法による結果から、単に計測する情報を増やすだけでは不十分であり、得られた情報を上手に使うことがポイントであることが分かる。画像中のノイズの影響が同じ条件(NSD=O.15)下で比較したHoffman脳ファントムの再構成像例を図7に示す。

図7 計算機シミュレーションによる脳ファントムの再構成像例


5. プロトタイプシステムを用いた評価実験

図8 1ペア検出器ブロックによるプロトタイプシステム

これまでに、1対の検出器ブロックを試作し、CAMACを用いてプロトタイプシステムを実装し、jPET-D4の分解能評価実験を行った。プロトタイプシステムの概観を図8に示す。プロタイプシステムは、jPET-D4と同じリング径となるように設計された定盤上に、1ペアの検出器ブロックを配置した構成となっている。検出器ブロックの位置を変えることで、画像再構成に必要な全てのデータを取得できるようになっている。そして、外径1.6mmの68Ge-68Ga line sourceを用いて、中心、中心から5cmおよび10cm離れた3点の空間分解能を測定した。同時計数イベントはリストモードデータ形式で収集される。今回は、統計的画像再構成手法は適用せず、簡便性から、サイノグラムに変換[9]した後FBP法を用いて画像再構成した。

図9 プロトタイプシステム実験によるjPET-D4空間分解能評価

radialおよびtangential方向の空間分解能を半値幅(FWHM)で評価した結果を図9に、再構成像を図10に示す。再構成フィルタはカットオフなしのrampフィルタを用いた。これより、DOI情報を用いることで、空間分解能の均一性が高まることが分かる。今回は、FBPのため3mm〜4mm程度の空間分解能に制限されているが、今後正確な観測モデルに基づく統計的画像再構成手法を適用することにより、さらに良好な空間分解能が得られると考えられる。

図10 プロトタイプシステム実験によるライン線源の再構成画像


6. まとめと今後について

本稿では、主に画像再構成の視点から、放射線医学総合研究所を中心に進めている次世代PET装置開発について紹介した。そして、医用画像診断装置をシステムとしてとらえ、装置開発の本質を整理することを試みた。医用画像診断装置の本来の目的は、きれいな画像を出すことではなく、診断に必要な情報を提供することである。そこで今後は、図11のように、出力を観測データから診断結果に拡張し、全体を例えば画像診断システムなどを定義し、システム全体として性能を高めるというアプローチを進めてみたい。

図11 画像診断システム

次世代PET装置開発は、約4年前に、ほぼゼロの状態からスタートし、現在1ペア検出器ブロックのプロトタイプシステムの実現までたどり着くことができた。次世代PET装置開発プロジェクトの皆様、特に、ソフトウェアワーキンググループ、実験グループおよび浜松ホトニクス株式会社、日立化成工業株式会社、株式会社島津製作所の諸氏に厚く御礼申し上げる。また、検出器の試作においては、株式会社篠崎製作所および株式会社三幸からの独自技術を活かしたご尽力に感謝する。今後は、平成16年度末までに、全体の1/5の検出器のガントリ実装、平成17年度末にjPET-D4完成を目指す。

jPET-D4は、高い性能レベルに加え、研究装置としてさまざまなアイディアをテストできる試作機である。この特徴を活かし、工学者、医学者、薬学者、放射線技師などさまざまな分野の方に幅広くjPET-D4を活用して頂ければ幸いである。


参考文献

  1. 村山秀雄,『次世代PET装置の開発研究』,放医研ニュース44, 2000.
  2. H. Murayama, H. Ishihashi, H. Uchida, et. al., "Design of a depth of interaction detector with a PS-PMT for PET", IEEE Trans. Nuc. Sci., vol.47, pp.1045-1050, 2000.
  3. M. Defrise, P. E. Kinahan, D. W. Townsend, et. al., "Exact and approximate rebinning algorithms for 3-D PET data", IEEE Trans. Med. Imag., vol.16, pp.145-158, 1997.
  4. P. E. Kinahan and J. C. Rogers, "Analytic 3D image reconstruction using all detected events", IEEE Trans. Nun. Sci., vol.36, pp.964-968, 1988.
  5. N. Ohyama and H. H. Barrett, "A proposal of CARDS", in Signal Recovery and Synthesis IV, pp.105-107, 1992.
  6. L. A. Shepp and Y. Vardi, "Maximum likelihood reconstruction for emission tomography", IEEE Trans. Med. Imag., vol.1, pp.113-122, 1982.
  7. T. Yamaya, N. Hagiwara, T. Ohi, et. al, "DOS-PET image reconstruction with accurate system modeling that reduces redundancy of the imaging system", IEEE Trans. Ned. Sci., vol. 50, pp. 1404-1409, 2003. ラム・チ・フグ,萩原直樹,小尾高史他,『jPET-D4画像再構成におけるディテクタ内散乱データ利用方法の検討』,第23回日本医用画像工学会大会,P1-09, 2004.
  8. E. Yoshida, N. Inadama, T. Tsuda, et. al., "Energy correction procedure of DOI detector constructed from 1024 GSO crystals for PET scanner", 51st Annual Meeting Scientific Abstracts of the Society of Nuclear Medicine, pp.424-425, 2004.



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