NIRS次世代PET装置開発

<2>DOI検出器信号の処理法

放射線医学総合研究所 医学物理部 吉田英治 (Eiji Yoshida)


1. はじめに

Positron Emission Tomograph(PET)は同時計数という独特の計測手法を用いて、他の機能画像診断装置(SPECT等)に比べて高感度計測が可能である。またPET装置の性能を向上させるためには被験者の周囲に幅数mm程度の微小な検出素子を可能な限り密に配置する必要があり、検出素子で変換した光を受光する素子も検出素子と同様に微小なものが求められる。

次世代PET装置開発プロジェクトで開発中のDepth-of-Interaction(DOI)検出器[1,2]は結晶素子の深さ情報も取得することが可能である。取得できるデータの次元が増えることによって高感度を維持したまま視野全体にわたっての空間分解能を一様に保つことが可能である。検出素子には2.9×2.9×7.5mmのケイ酸ガドリニウム(GSO)を用い、受光素子には256chフラットパネル位置弁別型光電子増倍管(FP-PMT)[3]を用いる。FP-PMTは49×49mm有効感度領域内に256個の微小な(3mm弱)受光素子が密配列されたものである。この2つの素子を組み合わせることにより、結晶素子それぞれをFP-PMTのアノード領域に対応させることができ、高分解能を維持しながら装置の幾何学的検出効率を向上できる。

しかし、DOI検出器からの信号を相互作用した結晶位置へ変換する処理は従来のPET装置に比べて複雑かつ膨大になる。またPETは体内から放射される消滅放射線を1つずつ計測するパルス計測を行う。計測データに含まれる散乱線等の統計ノイズが画質に大きく影響するため、なるべく多くの同時計数事象を収集することが求められる。DOI検出器においては発光減衰時間が30〜60nsと短いGSO結晶が用いられる。想定されるシングル計数率は1〜100Mcpsであり、検出器からの信号を非常に高速に処理する必要がある。したがってこれらのデータ処理系の問題をクリアしなければDOI検出器本来の性能は発揮できない。

そこで本稿では次世代PET装置用DOI検出器における信号処理手法について最近の研究成果とともに解説する。


2. 次世代PET装置

図1に示すように、次世代PET装置(jPET-D4)はDOI検出器ユニット24個を円周上に配列して1検出器リングとし、5個の検出器リングを重ねて頭部用PET装置を試作する計画である。深さ方向にも結晶素子を分割することから検出器ユニット当たり結晶素子数は1,024個になり、120個の検出器ユニットを利用することから総結晶数は122,880個となる。これは従来のPET装置の10倍以上に相当し、2本の消滅放射線を検出した結晶素子の組み合わせ(同時計数番地)の数は40億以上となる。(ヒストグラムビンのサイズを4Bとすると15GB保存領域が必要である。)

これだけ膨大な写像空間を保持するには従来のヒストグラミングによる手法では膨大なメモリ空間を必要とするため、個々の同時計数事象が保持する情報をもれなく記憶するリストモードによるデータ収集の方がデータ量の削減が可能である。また体動補正、4D再構成等リストモード収集のみで可能となる研究課題も多い。jPET-D4の場合、1イベントに必要なデータサイズは64bitであり、想定される最大同時計数転送量は10Mcps(80MB/s)となる。これは従来のPET装置の約5倍に相当する。jPET-D4では図1に示すように6分割の並列収集することによってこの性能目標を達成する見込みである。リストモードデータのフォーマットは同時計数を行った同時係数番地、時間情報、エネルギー情報等が合まれる。このフォーマットはプログラマブルICを利用することで変更が可能であり、上記の研究目的にあわせて適宜選択することが可能である。

図1 jPET-D4の信号処理

検出器からの信号を体軸方向で一括処理することによって、同時計数処理は従来の2DPETと同様に扱うことが可能である。同時計数を行う検出器ユニット対をそれぞれI,Jとし、同時計数回路において同時計数事象判定を行う組み合わせを図2の左に示す。個々の組み合わせは図2の右の検出器リングに対応している。検出器ユニット1は対向する検出器ユニット7〜13を見張り同時計数事象の判定を行うことになる。同時計数事象を判定する時間幅は6nsから18nsまで4ns間隔で設定可能である。図2の青枠でくくった領域は並列処理を行う範囲を示しており、それぞれが図1の青枠に対応する。したがって体軸方向も合めた4検出器ユニットを1つの回路系で処理することになる。上記システムによって画像再構成に利用する視野領域(FOV)を高感度で計測することが可能となる。

図2 検出器ユニットにおける同時計数事象判定の組み合わせ


3. DOI検出器信号処理

DOI検出器はGSO結晶1,024個を16×16×4段の多層に組み上げFP-PMTで出力を得た後、簡便化及び高速化の観点から4出力にまで信号を束ね、重心演算により2次元分布(以下2次元ポジションヒストグラムと呼ぶ)上にイベントを投影し消滅放射線が相互作用した結晶位置の識別を行う。図3にDOI検出器における信号処理の流れを示す。重心演算によって得られたヒストグラム上の番地は事前に作成した同サイズのテーブルを参照することによって消滅放射線と相互作用した結晶素子の特定を行う。DOI検出器は発光減衰時間の異なる2種類のGSO結晶をDOI層の上段と下段に分けて作成する。上段及び下段の識別は波形弁別回路による発光減衰時間を調べることにより見積もる。次に個々の結晶素子の光量差を補正するためのテーブルを参照し、エネルギーウィンドウを経由して光電吸収イベントの結晶位置情報とエネルギーを取得する。各検出器ユニットから得られた信号は検出された時間を付与して同時計数回路に送られ、同時計数回路において同時計数事象の判定が行われる。

図3 検出器信号処理回路

GSOは他の高性能PET装置で採用されているケイ酸ルテチウム(LSO)より実効原子番号が低く、本検出器のように微小な結晶を細密に組み上げた場合、一度の相互作用で光電吸収されるとは限らず、複数の結晶素子と相互作用を起こす結晶内多重散乱の影響が無視できなくなる。結品内多重散乱成分は結晶内で複数回の相互作用を起こした後、最終的に全エネルギーを付与する確率が高いのでエネルギーウィンドウでは除去できない。したがって分解能のよい画像を得るためには精度のよい位置弁別手法が必要である。4節及び5節において位置テーブル及びエネルギーテーブルの作成方法について説明する。


4. DOI検出器に結晶位置弁別

4.1 2次元ポジションヒストグラム

図4にモンテカルロによる検出器シミュレータから得られた2次元ポジションヒストグラムを示す。図4の左に示したように、従来のPET装置で用いられる2次元検出器は結晶素子が存在する領域が2次元ポジションヒストグラム上において規則的に等間隔で分布しているため、位置弁別手法は2次元ポジションヒストグラムの谷の部分を検索しこれらをつなぎ合わせることで領域を確定し位置弁別を行ってきた。しかしながら次世代PET用に開発したDOI検出器は層ごとに2次元ポジションヒストグラムヘ反映される分布が異なり、結晶素子領域が複数の層の重ね合わせとして投影される。層ごとに結晶素子の感度が大幅に異なるため結晶素子領域も感度に依存して変わる。また結晶内多重散乱成分は2次元ポジションヒストグラム上に一様に分布しており、位置弁別については不確定領域なので分解能を優先させる場合は取り除く必要があるが、結晶領域も可能な限り広く取る方が好ましい。

図4 2次元ポジションヒストグラム例(モンテカルロ計算による)

そこで統計的クラスタリングで利用されるガウス混合モデル(MGM)[4]をDOI検出器がガンマ線の相互作用した結晶の弁別に利用した(MGMの詳細はAppendixを参照)。MGMによるクラスタリングを行うことによって2次元ポジションヒストグラム上の各ピクセルにおいてガンマ線と結晶素子の相互作用が起こる確率(存在確率)をガウス分布で近似することにより見積もることができる。また検出器ブロック当たりの結晶数が従来の装置の10倍以上であり120個のユニットを利用するため、本校正法については自動化することが不可欠である。

4.2 結晶位置弁別手法

2次元ポジションヒストグラム全体を一度にMGMによるクラスタリングを行うことができれば最善だが、一度に3,000近いパラメータの最適化が必要であり実用的ではない。そこで、図5に示すように一旦DOI検出器の最小構成要素であるブロック(2×2×4結晶素子)ごとにヒストグラムを分ける。前処理としてコンプトン散乱成分、結晶内多重散乱成分を取り除き可能な限りガウス分布に起因した成分のみを抽出する。その後、ブロック単位でのクラスタリングを繰り返し行うことによってヒストグラム全体の領域分けが可能である[5]。各ピクセルは存在確率が最大の結晶素子でラベリングすることによってテーブルを作成する。また本手法はヒストグラムをガウス分布の重なりとして近似していくことから、結晶素子領域をガウス分布の分散をパラメータとして結晶領域をコントロールすることが可能である。ある程度結晶内多重散乱成分と光電吸収成分を分けることができるため、画像再構成時に結晶内多重散乱成分を別途利用して高分解能を保ったまま感度を稼ぐ手法が検討されている[6]。

図5 位置テーブル作成手順

図6に2次元ポジションヒストグラム上で結晶素子領域を分割した結果を示す。2つのヒストグラムは511keVガンマ線の一様照射であり、結晶素子領域作成時にガウス分布の分散による制限は設けていない。各結晶素子領域が明確に分割されていることが確認できる。またモンテカルロ計算によるシミュレーションにより、結晶素子領域をガウス分布の分散で絞ることにより感度は犠牲になるが結晶素子識別精度は向上することが示唆された[5]。

図6 2次元ポジションヒストグラム


5. エネルギー補正

精度のよい画像を得るためには散乱線の除去が不可欠である。さまざまな散乱線除去法が考案されているが、最も簡便な方法はエネルギーウィンドウ法である。光電吸収イベントとコンプトン散乱イベントを識別するには高いエネルギー分解能を必要とするが、GSOは他のシンチレータ結晶に対して比較的高いエネルギー分解能を有する。ただし個々の結晶素子から得られるエネルギースペクトルは結晶素子の個性、FP-PMTのアノード感度、結晶素子の深さ方向の位置によってばらつきが生じる。GSOは光量のばらつきが6.8%と他のシンチレータに比べて少なく、現状エネルギー分解能を劣化させる第1の要因はFP-PMTのアノード感度である。ただし、特定用途向け集積回路を用いて各アノードに感度補正用のアンプを取り付けることで、感度のばらつきを補正することが可能である。個々の結晶素子のばらつきを補正するためには、エネルギースペクトルの光電ピークを任意の基準エネルギーに合わせこむように結晶素子の光量を修正することが必要になる。この修正量を前述のエネルギーテーブルとして保持しておく。

図7(左) DOI層ごとのエネルギースペクトル
図8(右) 補正前と補正後のエネルギースペクトル


511keVガンマ線の一様照射から得られた個々のDOI層でのエネルギースペクトルを図7に示す。PMTに最も近い層が4層目であり、PMTに近づくにつれ光量が大きくなっているのが分かる。図8にエネルギー補正前と補正後のエネルギースペクトルを示す。図のafter correction(no DOI)のエネルギースペクトルはDOI方向の結晶素子をまとめて1つの結晶素子とみなしエネルギー補正を行った結果であり、4層目が光電ピークから他層の光電ピークから外れていることが分かる。DOI方向の補正も行うことで高エネルギー側のテイルがなくなっていることが分かる。エネルギー分解能は補正前が74%、補正後が20%となり,かなりの改善が見られた[7]。またDOI検出器はエネルギー分解能を改善する効果もあることを示した。


6. まとめ

本稿では次世代PET装置開発プロジェクトで開発中のDOI検出器の信号処理法についての解説を行った。jPET-D4用DOI検出器は他のPET装置に類を見ないユニークな検出器である。ただし、冒頭でも述べたように本検出器の性能を最大限に生かすためにはデータ処理系に依存する部分が大きいと言える。本来256チャンネルあるFP-PMTからの信号を4出力にまで低減している等、検出器の持つ性能を最大限引き出すためにはよりいっそうの改良が必要である。


参考文献

  1. H. Murayama, H. Ishibashi, H. Uchida, et.al., "Depth encoding multicrystal detector for PET", IEEE Trans. Nucl. Sci., vol.45, pp.1152-1157, 1998.
  2. N. Orita, H. Murayama, H. Kawai, et.al., "Three dimensional array of scintillation crystals with proper reflector arrangement for a DOI detector", Conf. Rec. 2003 IEEE NSS & MIC, M7-114, 2003.
  3. N. Inadama, H. Murayama, T. Omura, et.al., "A depth of interaction detector for PET with GSO crystals doped with different amount of Ce", IEEE Trans. Nucl. Sci., vol.49, pp.629-633, 2002.
  4. A. P. Dempster, N. M. Laird, D. B. Rubin, "Maximum likelihood from incomplete data via the EM algorithm", J. Royal Stat. Soc. B, vol.39, 1-38, 1977.
  5. E. Yoshida, Y. Kimura, K. Kitamura, H. Murayama, "Calibration procedure for a DOI detector of high resolution PET through mixture Gaussian model", Conf. Rec. 2003 IEEE NSS&MIC, M8-5, 2003.
  6. ラム・チ・フグ,萩原直樹,小尾高史他,『jPET-D4画像再構成におけるディテクタ内散乱データ利用方法の検討』,第23回日本医用画像工学会大会,P1-09, 2004.
  7. E. Yoshida, N. Inadama, T. Tsuda, et. al., "Energy correction procedure of DOI detector constructed from 1024 GSO crystals for PET scanner", 51st Annual Meeting Scientific Abstracts of the Society of Nuclear Medicine, pp.424-425, 2004.


Appendix

ガウス混合モデル

MGMにおいては、実測データから各クラスタを構成するガウス分布の平均、分散および各クラスタの存在確率(事前確率とも呼ばれる)を推定する。p(x|j)をjクラスタから値xが出力される確率、p(j)をjクラスタが存在する確率、Mをクラスタ数とすると、xが出力される確率p(x)は

となる。p(x|j)はガウス分布を仮定することから

となる。ここでμとΣはそれぞれ各クラス固有の平均と共分散であり、Dは実測データの次元である。次式で示したBayes定理を適用することで、出力xがjクラスタに属する確率(事後確率)を求めることができる。

図9 MGMによる境界領域の見積もり


図9にMGMを用いて結晶領域を分割する際の概念図を示した。投影される結晶素子領域の分布がガウス分布であると仮定すると、重なりあったガウス分布の谷の部分を検出するよりMGMによって確率分布から境界を見積もるほうが正確な境界領域を設定できることが分かる。


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